新聞休刊日で・・
昨日は、新聞休刊日であったが、何か情報がないのか、考えることのネタがないのか、やはり寂しい物足りなさを感じた。かってこのようなことがなかったような気がする。
情報は、新聞以外に、ネット、テレビ、ラジオ(あまり聞かないが )あるので、それなり以入手は可能であるので、思う考えるんネタ、種は、提供されているように思える。
これは、ちょっと不思議であるが
どうも1つは習慣的なもので、新聞の休刊だけではなく、いつもあるものがないための喪失感的な情緒かもしれない。また、行動範囲が狭くなり、パターんになっており、新たな刺激が少ない。(👉いつもの日常かな・・)
ネットの社会になっているとは言え、活字で育った世代にとっては、キチンと整理をされた情報が活字で閲覧できるのは、それなりの価値があることであると痛感をした。特に新聞は、地元タブロイド的な記事から、世界情勢まで、主義主張は、兎も角として、伝えてくれる。
これにより、私としては、合っているな、違うななんて発想から記事を考えるような気がする。(👉これは意識をして行っているような気がする)
もしかしたら、インターネット社会での印刷文化の廃れが、危惧されているが、これが、新聞報道の使い道(個人にとって)かも知れない。まあ新聞休刊日でちょっと物足りなさを感じたが、今朝の新聞で、ちょっと考えることができた。
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